梅と桜の花見史|奈良時代の梅・平安の桜からソメイヨシノまで

春の花見と聞くと、満開の桜の下で過ごす時間を思い浮かべる方が多いでしょう。けれども、日本の花見文化をたどると、最初からずっと「桜一色」だったわけではありません。奈良時代には梅が春の花として重んじられ、平安時代以降に桜が春の中心的な花として存在感を増していきました。
この記事では、梅と桜の違い、奈良時代から現代までの花見の歴史、ソメイヨシノが広まった背景を、できるだけ事実関係を整理しながら紹介します。最後に、春らしい雰囲気を長く楽しめるプリザーブドフラワーの花ギフトも紹介します。
花見とは
花見は、花を眺めて楽しむことを指します。現在の日本では、特に桜の花を見に出かけたり、桜の下で食事を楽しんだりする春の行楽として使われることが多い言葉です。
ただ、花見の歴史を見ていくと、花を眺める行為、歌を詠む会、貴族の遊び、武家の宴、庶民の行楽など、時代によって意味合いが少しずつ変わってきました。今の花見は、その長い積み重ねの上にあります。
梅と桜はどう違う?

梅は早春、桜は春本番を告げる花
梅は、まだ寒さの残る時期に咲き始める早春の花です。葉が出る前に香りのある花を咲かせ、白、紅、淡紅などの色があります。学名では Prunus mume とされ、英語圏では Japanese apricot と紹介されることもあります。
桜は、春本番の景色を一気に明るくする花です。日本には多くの桜の種類があり、なかでもソメイヨシノは現代の花見の印象を強く形づくってきました。いずれもバラ科サクラ属に含まれる植物ですが、咲く時期、花のつき方、香り、文化的な役割は異なります。
梅と桜はどちらも春を象徴してきた
梅は、春を待つ気持ちや香りを楽しむ花として、古い時代の詩歌に多く登場します。桜は、咲きそろう華やかさ、散り際の美しさ、春の到来を感じさせる花として愛されてきました。
「昔は桜より梅が人気だった」と言うと少し単純化されます。より正確には、奈良時代の貴族文化では梅が重要な春の花として扱われ、平安時代以降に桜が春を代表する花として強く意識されるようになった、と見ると自然です。
花見の歴史
奈良時代は梅が重んじられた
梅は中国原産とされ、日本へは奈良時代以前に渡来したと説明されます。唐風文化の影響が強かった時代、梅は香り高く、気品のある花として貴族に好まれました。
『万葉集』では、梅を詠んだ歌が植物としては萩に次いで多く、桜をしのぐとされています。このことからも、奈良時代の春の花として梅が大きな存在感を持っていたことがわかります。
当時の「花を楽しむ」文化は、現在のようにレジャーシートを敷いて宴会をする花見とは違います。梅を眺め、香りを感じ、歌を詠む。そうした優雅な鑑賞のあり方が、のちの花見文化につながっていきました。
平安時代に桜の存在感が大きくなる

平安時代になると、花見は宮廷の行事や貴人の遊びとして広まり、桜を眺める文化が強まっていきます。古い資料では、花見が「桜狩」とも呼ばれたことが紹介されています。
ここで大切なのは、「梅から桜へ、ある日突然入れ替わった」と考えないことです。梅も引き続き愛されましたが、和歌や宮廷文化の中で、桜が春を象徴する花としてより強く意識されるようになりました。
この頃から、「花」とだけ言えば桜を思い浮かべる感覚が育っていきます。春ののどかさ、満開の華やぎ、散っていくはかなさ。桜は、人の気持ちを映す花として、文学の中でも存在感を増していきました。
武家や寺社にも花見が広がる

鎌倉時代以降、花見は貴族だけの楽しみではなく、武家の間にも広がっていきました。花の下で酒を飲み、歌や連歌を楽しむような、宴としての性格も少しずつ強くなります。
安土桃山時代の花見としてよく知られるのが、豊臣秀吉の「醍醐の花見」です。醍醐寺の案内では、慶長3年、つまり1598年の春、秀吉が花見に際して700本の桜を植え、三宝院の建物と庭園を整え、盛大な宴を開いたと紹介されています。参加者は女房衆を含め1300人余りとされ、花見が権力や文化を示す大きな行事にもなっていたことがうかがえます。
江戸時代、花見は庶民の行楽へ

江戸時代に入ると、花見は庶民にも広がります。桜の名所が増え、人々が集まって酒や弁当を楽しむようになりました。花そのものを静かに眺めるだけでなく、座興や会話を楽しむ行楽としての花見が定着していきます。
現在も上野恩賜公園は、桜と不忍池で知られる東京の代表的な場所の一つです。名所に人が集まり、春の景色を共有する感覚は、江戸の花見文化とも地続きにあります。
この頃になると、花見は特別な身分の人だけのものではなくなります。春になったら桜を見に出かける。親しい人と食べ物を持ち寄る。こうした楽しみ方は、現代の花見にもよく似ています。
明治以降、ソメイヨシノが花見の印象を形づくる

現代の花見で思い浮かべる桜の代表格が、ソメイヨシノです。ソメイヨシノは、江戸時代末期に江戸染井村、現在の東京都豊島区周辺の植木屋が「吉野桜」として売り出したと伝えられ、1900年に「染井吉野」と名付けられました。
オオシマザクラとエドヒガンの雑種と推定されていますが、起源には複数の説があり、明らかになっていない部分もあります。そのため、「誰かが必ず人工交配で作った」と言い切るより、江戸末期から明治にかけて広まった代表的な桜として理解するのが安全です。
ソメイヨシノは、葉が目立つ前に淡い花が一斉に咲き、並木や公園に植えると華やかな景色をつくります。この咲き方が、現代の「満開の桜の下で花見をする」というイメージとよく重なります。
現代の花見と春の楽しみ方

現代では、桜の開花や満開の情報を見ながら花見の予定を立てる人も多くなりました。気象庁では、うめ・さくらなどの植物季節観測を、対象となる標本木を定めて行っています。さくらについては開花日や満開日の情報も公開され、春のニュースとして親しまれています。
一方で、梅を見に出かける「観梅」も根強い楽しみ方です。梅は桜より早い時期に咲くため、春を待つ季節にぴったりです。梅の香りを楽しみ、桜の華やぎを待つ。そう考えると、梅と桜はどちらか一方が主役というより、春を前半と後半で彩る二つの花といえます。
花見の歴史を知ると、いつもの桜並木も少し違って見えます。奈良時代の梅、平安の桜、秀吉の大きな宴、江戸の庶民の行楽、そして現代のソメイヨシノ。ひとつの花見の景色の中に、長い時間が重なっているのです。
春の記憶を長く楽しむ花ギフト
はな物語では、梅や桜そのものを使った商品ではありませんが、春らしいやさしいピンクのプリザーブドフラワーギフトをご用意しています。生花の花見は季節限定ですが、プリザーブドフラワーなら、春の明るい雰囲気をお部屋で長く楽しめます。
卒業・入学、送別、誕生日、春の記念日など、季節感を添えたい贈り物にも選びやすい色合いです。
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6,800円(税込)。高さ14cm、幅13cm、奥行き13cm。ドーム入りでほこりが気になりにくく、春らしいピンクを長く飾れます。
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4,980円(税込)。高さ約11cm、幅約8cm、奥行き約8cm。小さめのスペースにも飾りやすく、春のひとことギフトにも向きます。
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13,800円(税込)。高さ約20cm、幅約20cm、奥行き約6cm。記念日や節目の贈り物に、時計と花を一緒に飾れる華やかな一品です。
梅と桜、花見のよくある質問
昔は本当に桜より梅が人気だったのですか?
奈良時代の貴族文化では、梅が重要な春の花として重んじられていました。『万葉集』でも梅の歌は桜をしのぐとされます。ただし、桜が大切にされていなかったわけではなく、時代ごとに梅と桜の文化的な比重が変わったと考えるのが自然です。
花見はいつから桜を見る行事になったのですか?
平安時代には、宮廷の花見や貴人の遊びとして桜を楽しむ文化が広がっていました。鎌倉以降は武家にも広がり、江戸時代には庶民の春の行楽として定着していきます。
梅と桜の見分け方はありますか?
一般的には、梅は早春に葉より先に香りのある花を咲かせ、花が枝に比較的近い位置につきます。桜は春本番に咲くものが多く、花柄が伸びて房のように見える種類が多いです。ただし品種によって例外もあります。
ソメイヨシノはどんな桜ですか?
ソメイヨシノは、江戸末期から明治初期に広まった代表的な桜です。東京・染井の植木屋から売り出されたと伝えられ、オオシマザクラとエドヒガンの雑種と推定されています。起源には複数の説があり、完全には明らかになっていません。
春の贈り物に梅や桜以外の花を選んでもよいですか?
もちろん大丈夫です。梅や桜は季節感のある花ですが、春らしい色合いのバラやカーネーション、プリザーブドフラワーも贈り物に向いています。相手の好みや飾る場所に合わせて選ぶと、季節感と実用性を両立できます。





